皇帝の宮殿の街スプリットと、平和の橋モスタルへ|クロアチアからボスニアへ

ヨーロッパ

旅も4日目、いよいよ折り返しです。この日は、ローマ皇帝の宮殿がまるごと街になったスプリットを訪れ、そして国境を越えて、3ヵ国めのボスニアヘルツェゴビナへ。美しいアーチ橋で知られるモスタルをめざします。ひとつの旅で、ローマの遺跡から、イスラム文化の街並みまで——こんなにも違う世界を一日で体験できるのが、この3ヵ国周遊の醍醐味です。

皇帝の宮殿がそのまま街に。世界遺産スプリット

朝、アドリア海沿いにやってきたのは、クロアチア第2の都市スプリット。海辺のプロムナード(リヴァ)にはヤシの木が並び、カフェが軒を連ねて、南国のリゾートのような明るさです。青い海と青い空、そして白い街並み。気持ちのいい朝でした。

海辺のプロムナード。ヤシの木が南国気分を誘います

このスプリットの旧市街、じつはとても珍しい成り立ちをしています。なんと、ローマ皇帝ディオクレティアヌスの宮殿が、そのまま街になっているのです。3世紀の終わり、皇帝が退位後の余生を過ごすために建てたこの宮殿。その後ローマ帝国が滅び、逃れてきた人々が宮殿の石材を使って住みつき、やがて宮殿まるごとがひとつの街になっていったのだそうです。1979年に世界遺産に登録されています。

宮殿の復元図。もとは海に面した巨大な宮殿でした

案内板の復元図を見ると、もともとは海に面した堂々たる宮殿だったことがわかります。それが今では、1700年の時を経て、人々の暮らす街並みと一体になっている。歩いていると、「ここは遺跡なの? それとも街なの?」と、なんとも不思議な気持ちになります。マチュピチュに今も人が住んでいたら——そんな例えがぴったりの、時間の層が折り重なった場所でした。

列柱廊のスフィンクスと、地下の宮殿

宮殿の中心にあるのが、ペリスティルと呼ばれる列柱廊。コリント式の石柱がずらりと並ぶ広場で、その荘厳さに圧倒されます。そしてここに、思いがけないものが。なんとスフィンクスの像があるのです。これは、ディオクレティアヌス帝がエジプト遠征のときに持ち帰った、正真正銘の古代エジプトのスフィンクス。ローマの宮殿に、エジプトのスフィンクス——一体ここはどこの国なの? と、頭が混乱してしまいそうな、不思議な取り合わせでした。

列柱廊ペリスティル。右手には古代エジプトのスフィンクスが

宮殿の地下にもぐると、そこはひんやりとした煉瓦アーチの空間。ローマ時代の構造がそのまま残る、貴重な地下貯蔵庫です。薄暗い通路の先に光が差し込む様子は、まるで時空のトンネルをくぐっているようでした。

宮殿地下の通路。ローマ時代の構造がそのまま残ります

ペリスティルの脇には、かつての皇帝の霊廟を転用した大聖堂の鐘楼がそびえています。ヤシの木ごしに見上げると、青空にクロアチアの国旗がはためいていました。キリスト教を迫害したという皇帝の霊廟が、後にキリスト教の大聖堂になった——歴史の皮肉というか、めぐりあわせの面白さを感じます。

大聖堂の鐘楼。もとは皇帝の霊廟でした

宮殿の門を出たところには、ひときわ大きな銅像が。10世紀に活躍し、「クロアチア語の父」と呼ばれるグルグール・ニンスキ司教の像です。足の親指に触れると幸運が訪れる、という言い伝えがあり、その部分だけツルツルに光っていました。もちろん私も、ちゃっかり触れてきましたよ(笑)。

グルグール・ニンスキ司教の像。足の親指に触れると幸運が

うれしい偶然。宮殿地下のフラワーショー

この日は、うれしい偶然がありました。ちょうど宮殿の地下で、フラワーショーが開催されていたのです。「Split cvit Mediterana(地中海の花・スプリット)」と題されたこの催し、あとで調べたら第39回を数える伝統の花祭りで、私が訪れた2014年は5月6日から11日の開催。まさにドンピシャのタイミングでした。

宮殿地下で開催中だったフラワーショーの案内

古代ローマの石壁を背景に、色とりどりの花々が咲き誇る光景は、それはもう見事なものでした。チューリップ、蘭、紫のデルフィニウム……。1700年前の石と、みずみずしい花の対比が、なんとも美しかったです。旅先での思いがけない出会いは、いつだって心を弾ませてくれますね。

古代ローマの石壁を背景に咲き誇る花々

旧市街のお土産屋さんでは、クロアチア伝統の木製の鳥のおもちゃを見つけました。色鮮やかな花模様が手描きされた、可愛らしい民芸品。棒の先で押して歩かせると、羽がぱたぱた動くのだそうです。素朴なぬくもりがあって、見ているだけで頬がゆるみました。

クロアチア伝統の木製玩具。花模様が可愛らしい

国境を越えてボスニアへ。中東料理の昼食

スプリットをあとにして、バスは国境を越え、ボスニアヘルツェゴビナへ。3ヵ国めの入国です。この日の昼食は、それまでのクロアチア料理とはがらりと変わって、中東の料理でした。オスマン帝国の影響を受けたこの地方らしいお料理です。

ふっくらとした平たいパン(ピタパン)に、香ばしいミンチ肉を挟んだもの。パイ生地でくるくると巻いて焼いた料理。そして、揚げパンのような素朴なデザート。同じ旅の中で、これほど食文化ががらりと変わるのも、複数の国をめぐるツアーならではの楽しみです。

ピタパンに香ばしいミンチ肉。中東の香りがする一皿
パイ生地を巻いて焼いた、香ばしいお料理
デザートは揚げパンのような素朴な甘さ

エメラルドの川に架かる、スタリ・モスト

そして、この日のハイライト。ボスニアヘルツェゴビナの古都モスタルに到着です。街を流れるネレトヴァ川に架かるのが、街の象徴スタリ・モスト(「古い橋」の意味)。エメラルドグリーンに輝く川と、その上にゆるやかな弧を描く白い石橋——その美しさに、思わず声をあげてしまいました。

エメラルドの川に架かるスタリ・モスト。息をのむ美しさ

この橋は、16世紀オスマン帝国の時代に架けられました。全長約30m、川面からの高さは約24m。橋の両端には「橋の番人」を意味する塔が備えられていて、街の名モスタルも、この「橋の番人(モスタリ)」に由来するのだそうです。

私も、実際に橋を渡ってみました。石畳はつるつると滑りやすく、傾斜もなかなか急。慎重に足を運びながら渡ります。橋の上から見下ろすネレトヴァ川の、なんと澄んで美しいこと。周りの石造りの街並みも、緑の山々も、すべてが絵のように調和していて、しばし見とれてしまいました。

橋の上へ。傾斜が急で、石畳は滑りやすいので慎重に

橋の上から眺めるモスタルの街は、これまで見てきたクロアチアの街とは、まるで表情が違いました。あちこちにモスクのミナレット(尖塔)が空に伸び、イスラム文化の香りが漂います。カトリックの教会と、イスラムのモスクが、同じ川のほとりに共存している。ひとつの旅で、こんなにも多彩な文化に出会えるなんて。私はすっかり、この街の魅力のとりこになっていました。

モスクのミナレットが空に伸びる、多文化が共存する街

旧市街のバザールを歩けば、色とりどりのモザイクランプがきらめいています。トルコを思わせるエキゾチックな品々に、ここがもうヨーロッパとはひと味違う世界なのだと実感しました。そしてこの街では、忘れられない出会いもありました。親日的な地元の方々が、なんとモスクの中へ招き入れて見学させてくださったのです。旅先での温かなふれあいに、心がほっこりと温まりました。

バザールのモザイクランプ。エキゾチックな輝きです

美しい橋に刻まれた、平和への祈り

あまりに美しく、のどかなモスタルの街。到着したときの私は、この街が20年ほど前に、凄惨な戦争の舞台になったなんて、とても信じられませんでした。

けれど、街を歩くうちに、その面影に出会います。壁に無数の弾痕が残る建物。窓が崩れ落ちたまま朽ちている家。——1990年代のボスニアヘルツェゴビナ紛争。民族や宗教のちがいから起きたこの戦争で、この街も大きく傷つきました。あの美しいスタリ・モストも、じつは1993年、砲撃によって崩れ落ちてしまったのです。

壁に残る無数の弾痕。ここで起きたことに心が痛みます

この弾痕の建物を目にしたとき、私は胸が締めつけられました。さっきまで、ただただ美しいと見とれていたこの街で、こんなにも悲しいことがあったのだ、と。

けれど、この物語には救いがあります。破壊されたスタリ・モストは、その後、世界中の人々の手で再建されました。川底から崩れた橋の破片を一つひとつ引き揚げ、足りない石は地元の石で補い、16世紀当時の技法をそのままに——そうして2004年、橋は美しい姿を取り戻したのです。今では、民族や宗教の違いをこえた「和解と共生の象徴」として、世界遺産に登録されています。

私が何気なく渡ったあの橋は、ただ美しいだけの橋ではありませんでした。争いの愚かさと、それでも手を取り合って前へ進もうとする人々の願いが込められた、平和への祈りの橋だったのです。美しい景色の記憶とともに、この街で感じたことを、私はずっと忘れないと思います。

【最新情報】スプリット・モスタル観光

※以下は本記事執筆時点で調べた最新の情報です。私が訪れた2014年当時とは料金や状況が変わっています。おでかけ前に必ず公式サイト等でご確認ください。

  • 通貨について:クロアチア(スプリット)は2023年にユーロを導入しました。ボスニアヘルツェゴビナ(モスタル)の通貨は兌換マルク(BAM)で、ユーロは使えないお店もあります。旧市街ではユーロが使える土産物店もありますが、両替やレートには注意を。
  • 国境越え:クロアチアからボスニアへは陸路で国境を越えます。パスポートの提示を求められます(時間帯によっては待ち時間があることも)。
  • スタリ・モスト(モスタル):橋の石畳は滑り止めの桟がついていますが、傾斜が急で滑りやすいので、歩きやすい靴がおすすめです。夏には橋から川へ飛び込むダイバーの姿が名物になっています。
  • ディオクレティアヌス宮殿(スプリット):旧市街の散策は自由ですが、地下や大聖堂・鐘楼の一部は有料の場合があります。

次回は、アドリア海の真珠・ドブロヴニクへ

ローマの遺跡から、イスラム文化の街、そして平和への祈りの橋まで。心を大きく揺さぶられた4日目でした。次回はいよいよ、多くの人が「一生に一度は訪れたい」と憧れる、アドリア海の真珠・ドブロヴニク。オレンジ色の屋根が連なる旧市街と、紺碧のアドリア海。あの絶景の街へご案内します。

次回もどうぞ、私と一緒に旅を続けてくださいね。

クロアチア・スロベニア・ボスニア3ヵ国周遊ツアー シリーズ一覧

2014年5月、阪急トラピックスで訪れたクロアチア・スロベニア・ボスニアヘルツェゴビナ3ヵ国周遊の旅。全8回にわたってお届けします。

コメント