第3話では、1日で3カ国を横断した密度の濃い午後の記録をお届けしました。第4話は、2017年5月28日(日)の3日目。いよいよこのツアーの目玉、マリア・テレジアが夏の間に使用したという「ベルグルの間」への特別入場を含む、シェーンブルン宮殿観光をメインにお届けします。
ハプスブルク家の栄華、ウィーン旧市街のシンボル、そしてウィーン名物の憧れのスイーツまで――音楽と芸術の都ウィーンの魅力を存分に味わった、忘れられない1日をご紹介します。
朝食&7:45出発|Julius Meinlのコーヒーで一日をスタート
ウィーン観光の初日は、7時45分ホテル出発というやや早めのスケジュール。前日Wiener Rathauskellerでの豪華な夕食を楽しんだ余韻を残しつつ、ARION CITYHOTEL VIENNAのレストランで朝食をいただきました。
Julius Meinlのマグカップで気分は本場のウィーン

朝食のテーブルに置かれたコーヒーカップを見て、思わず目を細めました。Julius Meinl(ユリウス・マインル)のロゴマークが入った、赤いマグカップ。ユリウス・マインルは、1862年創業のウィーンを代表する老舗コーヒーブランドで、オーストリアで最も愛されているコーヒーのひとつです。
「あぁ、これが本場のウィーンのコーヒーなのだな」――現地のマグカップでいただくコーヒーは、旅の実感を深めてくれる特別な味わい。すっきりとした深みのある味わいで、旅の朝の気分をぐっと引き締めてくれました。
カイザーゼンメルとオーストリアの定番朝食
プレートに乗せたのは、ハム、チーズ、スクランブルエッグ、そしてオーストリア発祥の丸パンカイザーゼンメル(Kaisersemmel)。表面に星形の切り込みが入った、皇帝(カイザー)の名を冠する伝統のパンです。外はパリッと、中はふんわり。バターを塗って食べると、シンプルながら深い満足感がありました。
他にはヨーグルトとフルーツ、リンゴジュース、そしてチョコレートのロールケーキ。ロールケーキが朝食に並ぶあたりが、いかにもヨーロッパらしくて面白いポイントです。定番のビュッフェスタイルで、しっかりお腹を満たしてから出発です。
7時45分、ホテルのロビーに集合してバスに乗り込みます。今日もまた、日本人添乗員さんとウィーンの現地ガイドさんによる案内で、世界遺産ウィーン歴史地区の観光がスタートしました。
シェーンブルン宮殿へ|ハプスブルク家夏の離宮
バスに揺られること30分ほど。ウィーン市街地の南西部にたどり着くと、目の前に広がったのは、まさに絵葉書のような景色。ハプスブルク家の栄華を象徴するシェーンブルン宮殿(Schloss Schönbrunn/シュロス・シェーンブルン)です。1996年に世界遺産に登録された、ウィーンで最も有名な観光名所のひとつ。今回のツアーの目玉と言っても過言ではない場所です。
ハプスブルク家の「夏の離宮」として愛された宮殿
シェーンブルンは、17世紀末から18世紀にかけて、ハプスブルク家の夏の離宮として造営された宮殿。名前の由来は、この地にあった「美しい泉(Schöner Brunnen)」から。神聖ローマ皇帝レオポルト1世の命によって建設が始まり、そして完成の姿を今に伝える形に整えたのが、シリーズを通じてキーパーソンとなっている女帝マリア・テレジアでした。
マリア・テレジアは16人の子供を持ち、シェーンブルンをまるで自分の「家」のように愛したと言われています。娘のマリー・アントワネットもここで幼少期を過ごし、後にフランス王妃となってヴェルサイユ宮殿へ嫁いでいったのは有名な話。ハプスブルク家の家族の温もりと、皇室の格式が同居する、独特の魅力を持つ宮殿です。
「ハプスブルク・イエロー」に染まる堂々たる正面ファサード

バスを降りて正面ゲートをくぐると、視界いっぱいに広がるのは、鮮やかな黄土色に染まる巨大な宮殿の正面ファサード。この独特の色は「シェーンブルン・イエロー」あるいは「マリア・テレジア・イエロー」とも呼ばれ、ハプスブルク家ゆかりの建物によく使われる伝統色として知られています。青空を背景にすると、その色がひときわ映えて、なんとも優雅な印象でした。
建物の長さは実に約180メートル。左右対称のバロック様式の正面が、どこまでも広がっているような錯覚を起こします。宮殿の前には広大な前庭が広がり、ここでも「ヨーロッパの宮殿はスケールがまるで違うな」と、あらためて実感しました。
1時間半の観光は、あっという間
今回のツアーでは、宮殿の内部見学と庭園散策を合わせて約1時間半の観光時間が用意されていました。「1時間半あれば十分かな」と思ってスタートしたのですが、実際に歩き始めると、この時間はあまりにも短いと感じることに――。
それだけ、シェーンブルン宮殿は見どころが山盛りなのです。イヤホンガイドを受け取って、いよいよ宮殿の内部見学がスタート。まずは入り口へと足を進めていきました。
宮殿内部|ヴェルサイユのような広大さと陶器の暖炉
1441の部屋を持つ、圧倒的なスケール感
シェーンブルン宮殿は、なんと1441もの部屋を持つ、途方もない大きさの宮殿です。もちろん、そのすべてが見学できるわけではなく、公開されているのは主要な部屋のみですが、それでも次から次へと現れる豪華絢爛な空間の連続に、目が回りそうな気持ちになります。
宮殿の内部は撮影禁止のため、写真でお伝えすることができないのが残念ですが、その分、ひと部屋ひと部屋を心にじっくり刻みつけるように歩きました。ロココ様式の華やかな装飾、金の彫刻、水晶のシャンデリア、繊細な壁画、豪華な家具――どの部屋も見どころが多すぎて、しっかり目に焼き付けようと立ち止まっているうちに、あっという間に時間が過ぎていきます。
まるでヴェルサイユ宮殿のような空間
歩きながら私の頭に浮かんだのは、以前訪れたヴェルサイユ宮殿のこと。シェーンブルン宮殿の空間の使い方、装飾の細やかさ、部屋から部屋へと連なる構造――どれもがヴェルサイユを思わせる格式高さでした。
それも当然で、シェーンブルンはハプスブルク家がヴェルサイユを意識して整えた宮殿とも言われています。マリア・テレジアの娘マリー・アントワネットが、ここからヴェルサイユへ嫁いでいったことを思い出すと、二つの宮殿が「姉妹のような関係」にあることにも納得。ハプスブルクとブルボン、ヨーロッパの二大王家がそれぞれの威信をかけて造り上げた宮殿を、両方訪れることができたのは、旅の醍醐味だなと感じました。
印象的だった、陶器製の暖炉
宮殿の内部で個人的に強く印象に残ったのは、部屋のあちこちに設置されている陶器製の暖炉でした。日本や英国の宮殿では、暖炉といえば石造りや大理石のイメージが強いのですが、シェーンブルンではまるで美術品のような美しい陶器の暖炉が、部屋の一角にすっと佇んでいるのです。
白地に淡い青や金の装飾を施したものや、繊細な模様が全面に描かれたもの――一つひとつがまるで置き物のような美しさ。「オーストリアの冬はさぞ寒いのだろうな」と想像しながら、こうした細部にまで美意識が行き渡っているのが、ハプスブルク家の宮殿らしいと感じ入りました。
寒いオーストリアの冬を、皇族たちはこの美しい暖炉のそばで過ごしていたのだろうか――そんな想像が広がる、心に残るディテールでした。
【ツアーの目玉】ベルグルの間 特別入場
宮殿内部の見学ルートを進みながら、いよいよ楽しみにしていた場所へと近づいていきます。今回のツアーの目玉、通常は一般公開されていない特別な部屋、ベルグルの間(Bergl-Zimmer/ベルグル・ツィマー)への特別入場です。パンフレットで初めてこの部屋の名を目にしたときから、「絶対に見てみたい!」と胸をふくらませていた場所でした。
通常は入れない、特別ツアーだけの部屋
宮殿の一般見学コースでは、多くの観光客が2階の40室ほどを巡ります。しかし、ベルグルの間は1階の一角にあり、特別ツアーで訪れる人のためだけに、係員の方が鍵を開けて案内してくれるという特別扱いの空間なのです。
係員が扉の鍵をカチャリと開けると、ゆっくりと重厚な扉が開かれます。「これから通常は入れない場所に入る」――そんな高揚感の中、一歩踏み入れた瞬間に息を呑みました。
壁一面に広がる、想像の熱帯風景
4部屋続きになっているベルグルの間は、その名前の由来にもなっている画家ヨハン・ヴェンツェル・ベルグル(Johann Wenzel Bergl)によって、1760年代後半に描かれた壁画で全面が覆われています。天井から床近くまで、部屋の四方すべてに描かれているのは、鮮やかな緑の熱帯植物、色とりどりの花々、南国の鳥や動物、エキゾチックな風景――。
「これはすごい……」と、思わず立ち止まって見入ってしまいました。壁画というより、まるで熱帯の楽園の中に自分が立っているかのような没入感。細部まで丁寧に描き込まれた植物や動物の描写、色彩の豊かさ、そして構図の大胆さ。ここが宮殿の一室であることを一瞬忘れてしまうほどの、圧倒的な世界観でした。
興味深いのは、画家ベルグル自身は実は熱帯に一度も行ったことがなく、これらの風景はすべて想像だけで描かれたとされていること。当時のヨーロッパで流行していた「シノアズリー」や「南国趣味」の美意識を、彼の豊かな想像力で表現したのです。「行ったことのない土地の風景を、これだけ生き生きと描けるものなのか」と、改めて驚きを覚えました。
マリア・テレジアが夏に「涼」を求めて過ごした部屋
この部屋群を愛したのが、シリーズのキーパーソンマリア・テレジア。壁一面の熱帯風景の中で夏の暑さを紛らわせるという、なんとも風雅な発想です。1階のこの一角は庭園に直接出られる造りになっていて、風も入りやすく、晩年に足を悪くしていたマリア・テレジアにとっても、階段を使わずに過ごせる便利な部屋だったと言われています。
2017年はマリア・テレジア生誕300周年。その節目の年に、彼女が愛したこの特別な空間に足を踏み入れることができたのは、旅の忘れがたい経験のひとつになりました。パンフレットに書かれていた「【特別】ベルグルの間」の6文字が、こんなに贅沢な体験を約束してくれるものだったなんて――ツアーを選んだ当時の私に「大正解だったよ!」と伝えたい気持ちです。
撮影は禁止だったので、写真でお伝えできないのが心底残念ですが、その代わりに私の記憶に鮮明に焼きついたベルグルの間。中欧4カ国ツアーの中でも、特別な思い出として大切にしています。
広大な庭園|シェーンブルン宮殿のもうひとつの見どころ
宮殿の内部見学を終えて外に出ると、目の前にはさらに息を呑むような光景が広がっていました。シェーンブルン宮殿の見どころは、実は建物の内側だけでなく、この広大な庭園にもあるのです。世界遺産の登録名も「シェーンブルン宮殿と庭園群」となっているだけあって、庭園そのものが極上の観光名所です。
左右対称の幾何学式庭園

宮殿の裏側に広がる大庭園「グレート・パルテール」は、フランス式の幾何学式庭園。色とりどりの花壇、まっすぐ切り揃えられた低木の生垣、直線で伸びる小径、そして左右対称に配置されたブロンズ像や噴水――どこを切り取っても、絵画のような美しさです。
この庭園を設計したのは、ヴェルサイユ宮殿の庭園を手がけた造園家アンドレ・ル・ノートルの弟子。ヴェルサイユの遺伝子が、こんなところにも受け継がれているのだと思うと、感慨深いものがあります。5月の青空の下、緑と花の色が明るく映えて、歩いているだけで心が晴れやかになる空間でした。
丘の上に見える「グロリエッテ」

庭園の奥、緩やかな丘の頂上に堂々と佇んでいるのが、グロリエッテ(Gloriette/グロリエット)と呼ばれる回廊建築です。ギリシア風の柱が並ぶ優美な建物で、マリア・テレジアがプロイセンとの戦争(七年戦争)で勝利を収めたことを記念して1775年に建てられたもの。
宮殿からグロリエッテまでは徒歩で20分ほどかかるそうで、今回は残念ながら近くまで足を延ばす時間はありませんでした。それでも、庭園の奥にすっと立つグロリエッテの姿は、シェーンブルンの風景を完成させる大切な一部。カメラを向けずにはいられない、絵になる被写体でした。
1時間半では足りない、シェーンブルンの魅力
庭園を歩いていると、時間はあっという間に過ぎていきました。実はシェーンブルンの敷地内には、世界最古の動物園、迷路庭園、日本庭園、ローマ遺跡風の遺構、大温室(パルメンハウス)など、他にもたくさんの見どころが点在しています。それらをすべて楽しむには、丸一日でも足りないくらいなのだそうです。
「1時間半では、あまりにも短すぎたな……」――バスに戻る道すがら、正直そう感じました。宮殿内部、ベルグルの間、そして庭園と、駆け足ながらもハプスブルク家の栄華を存分に味わえたのは幸せなことでしたが、次はぜひ半日以上かけて、じっくり見て回りたい場所です。ウィーンをもう一度訪れたい理由が、ここでも一つ増えました。
ベルヴェデーレ宮殿(上宮)|クリムトの「接吻」は次回のお楽しみに
シェーンブルン宮殿を後にして、次に向かったのはウィーン中心部の南にあるベルヴェデーレ宮殿(Schloss Belvedere/シュロス・ベルヴェデーレ)。世界遺産ウィーン歴史地区観光の続きとして、上宮(オーバーレス・ベルヴェデーレ)の外観見学のスケジュールが組まれていました。
プリンツ・オイゲンの夏の離宮

ベルヴェデーレ宮殿は、18世紀初頭に活躍した英雄プリンツ・オイゲン(オイゲン公)の夏の離宮として、1714年から1723年にかけて建てられたバロック様式の宮殿。プリンツ・オイゲンは、オスマン帝国との戦いで数々の勝利を収めた名将として、オーストリアで今も敬愛されている人物です。
宮殿は、緩やかな傾斜地に「上宮」と「下宮」の2つの建物が配置され、その間に美しい庭園が広がる構造になっています。今回訪れたのは、より格式の高い迎賓用として造られた「上宮」の側。堂々たる白亜のファサードと、上を飾る優雅な彫刻に、ハプスブルク時代の華やぎがそのまま漂っていました。
世界的名画「接吻」は、上宮の中に
ベルヴェデーレ宮殿の上宮は、現在はオーストリア絵画館として一般公開されていて、内部にはグスタフ・クリムトの代表作「接吻」(Der Kuss)が所蔵されていることで世界的に知られています。金箔をふんだんに使った、ウィーン世紀末美術を代表する傑作。世界中の美術ファンが、この一枚を見るためにベルヴェデーレを訪れると言っても過言ではありません。
実は私も、この旅で「接吻」を目にすることを密かに楽しみにしていた一人でした。しかし今回のツアーは、あくまで外観見学のみのスケジュール。宮殿の中まで足を踏み入れる時間はなく、白いファサードを外から眺めるにとどまりました。
「見られなかった」も、次への楽しみに
正直に言うと、「せっかくウィーンまで来たのに、クリムトの『接吻』を見られないなんて残念……」という気持ちは、確かにありました。周遊型のツアーの性質上、一つひとつの都市で見られる範囲は限られてしまう――これは事前に承知していたはずでしたが、目の前にあるのに入れない、というのはやはり心残りに感じるものです。
でも、こうした「次に来たい理由」ができるのも、旅の楽しみ方のひとつだと私は思っています。すべてを一度に見尽くしてしまうより、「またウィーンに来る口実がある」と思えるほうが、旅の余韻はずっと長く続くもの。次にウィーンを訪れるときは、必ずベルヴェデーレの上宮の中に足を踏み入れて、クリムトの金色の世界を目に焼きつけよう――そう心に決めた瞬間でした。
白いファサードに別れを告げて、バスは次の目的地、ウィーンの中心部へと向かいます。
ケルントナー通り|ウィーンのメインストリート
ベルヴェデーレ宮殿を後にして、バスはいよいよウィーン旧市街の中心部へ。次に案内されたのは、ウィーンきっての目抜き通りケルントナー通り(Kärntner Straße/ケルントナー・シュトラーセ)です。
オペラ座からシュテファン寺院を結ぶ、街の背骨
ケルントナー通りは、南のウィーン国立歌劇場(オペラ座)から、北のシュテファン寺院までを一直線に結ぶ、旧市街を貫く歩行者天国のメインストリート。約800メートルほどの通りには、高級ブランド店、伝統的な老舗菓子店、カフェ、レストラン、みやげ物屋がずらりと並び、いつも観光客と地元の人で賑わっています。
石畳の道の両側には、ハプスブルク時代の面影を残す優雅な建物が立ち並び、まさに「ウィーンといえばこの景色」というシーンが広がっていました。歩いているだけで、ウィーンという街の歴史や文化、そして人々の生活の空気感が伝わってきます。
「音楽の都」を実感する通りの雰囲気
ケルントナー通りを歩いていて印象的なのは、街のあちこちから漂うウィーンらしい風情。カフェのテラス席では地元の人がゆっくりコーヒーを楽しんでいたり、優雅な建物の間を観光客がのんびりと行き交ったり――。
「これが音楽の都・ウィーンなんだな」と、大げさでなく感じられる空気感がそこにはありました。急いで通り過ぎるのがもったいなく、できることならもっとゆっくり歩きたい――そんな気持ちにさせられる、魅力たっぷりの通りです。
やがて、通りの奥に大きな尖塔が見えてきました。ウィーンのシンボル、シュテファン寺院です。ケルントナー通りは、そのままシュテファン寺院の前へと自然に続いていきました。
シュテファン寺院|自由時間で内部を見学
ケルントナー通りの北の突き当たり、ウィーン旧市街の象徴として堂々と建つのがシュテファン寺院(Stephansdom/シュテファンズドム)。ウィーンで一番高い教会であり、この街を代表するランドマークです。ウィーン市民から親しみを込めて「シュテッフル」の愛称で呼ばれる、まさに街の顔ともいうべき存在です。
137メートルの尖塔と、色鮮やかなモザイク屋根

寺院の起源は12世紀。長い歴史の中で改修や増築が繰り返され、現在の姿になったのは15世紀頃です。南塔の高さは約137メートルにも達し、下から見上げると空に突き刺さるような迫力があります。ゴシック様式の重厚な外観は、近くで見ると本当に圧倒的で、思わず何度も見上げてしまう存在感でした。
もうひとつの見どころが、大きな屋根に描かれた色鮮やかなモザイク模様。約23万枚のカラフルなタイルで表現された双頭の鷲や紋章の意匠は、ハプスブルク家ゆかりのシンボルとして知られています。第2話でご紹介したブダペストのマーチャーシュ教会も色鮮やかなタイル屋根が特徴でしたが、シュテファン寺院のモザイク屋根はまた違う美しさを見せてくれます。
30分の自由時間で内部見学へ
シュテファン寺院を目の前にしたところで、添乗員さんから「ここから約30分間の自由時間です」との案内。時間は限られていましたが、私はまず寺院の内部見学へと向かいました。
扉をくぐって聖堂の中へ足を踏み入れると、外の賑わいが嘘のようにひんやりと静まり返った空間が広がっていました。天井まで伸びるゴシック様式の高い柱、ステンドグラスから差し込む光、精緻な彫刻が施された祭壇――どれもがウィーンという街の格式と信仰の深さを物語っています。
モーツァルトが結婚式を挙げ、そして葬儀も行われた場所としても知られる、音楽と歴史の重なる聖堂。「あの音楽家たちが、この空間で人生の節目を過ごしたのか」と思うと、目に映る一つひとつの光景に重みが加わっていくようでした。
時間との勝負|次の目的地は、ある憧れの場所
本当なら、もっとじっくり内部を巡って、彫刻の細部や地下のカタコンベまで見て回りたかったのですが……30分という自由時間はあまりにも短く、しかも私にはもう一つ、この時間内に絶対に立ち寄りたい場所があったのです。
その場所とは、ウィーンを代表するスイーツの聖地、ホテル・ザッハー。憧れのザッハトルテを、日本へのお土産にどうしても持ち帰りたい――そんな思いを胸に、シュテファン寺院に別れを告げて、急ぎ足で次の目的地へと向かいました。
ホテル・ザッハーで憧れのザッハトルテを購入
シュテファン寺院からケルントナー通りを南へ、早足で向かった先がホテル・ザッハー(Hotel Sacher Wien)。ウィーン国立歌劇場のすぐ裏手にある、1876年創業の格式高いホテルです。宿泊するには手が届かなくても、その名を知らないウィーン初心者はまずいない――なぜなら、ここは世界的に有名なチョコレートケーキザッハトルテの元祖として、あまりにも有名だからです。
1832年生まれ、「王様のザッハトルテ」
ザッハトルテが誕生したのは1832年。当時16歳の見習い菓子職人フランツ・ザッハーが、外交官のためのデザートとして考案したのが始まりとされています。フランツの息子エドゥアルトが受け継ぎ、ホテル・ザッハーの看板メニューとして世界に名を広めました。
特徴は、しっとりとしたチョコレートのスポンジ生地の間に、杏(あんず)ジャムを挟み、表面をチョコレートアイシングで覆っていること。「DAS ORIGINAL. SEIT 1832.(1832年以来の、元祖)」というのが、ホテル・ザッハーが誇るキャッチフレーズです。オリジナルとしての矜持を、パッケージのあちこちで感じることができます。
お土産用に、一口サイズのザッハトルテを

私が向かったのは、ホテル・ザッハーの店舗の外にある持ち帰り専用のブティック。カフェやレストランに入らなくても、ザッハトルテのお土産だけを気軽に購入できる、観光客にはありがたい売店です。時間のない旅行者や、日本などへの持ち帰りを希望する人にとって、これほど便利な場所はありません。
売店の中には、赤と金を基調とした華やかなパッケージのザッハトルテが、ずらりと並んでいます。ホールサイズの本格的なものから、テイクアウト用のスライスケーキ、そして手のひらサイズのミニ版まで、種類も豊富。日本まで持ち帰ることを考えて、私が選んだのは「Sacher Würfel(ザッハー・ヴュルフェル)」と呼ばれる一口サイズのミニ・ザッハトルテでした。
持ち手のついた小さな赤い箱には、ホテル・ザッハーのシンボルカラーである深紅の背景に、金色のロゴと「DAS ORIGINAL. SEIT 1832.」の文字。宮廷風のイラストが散りばめられた、なんとも可愛らしいパッケージデザインです。持って歩くだけでも気分が上がる、まさに旅のお土産の理想形でした。
時間があったら、あのカフェでゆっくり味わいたかった
ホテル・ザッハーには、併設されているカフェ・ザッハーがあり、ここでウィーン伝統のメランジェ(ウィーン風カフェオレ)と共にザッハトルテを味わうのが、ウィーン観光の王道スタイル。ホイップクリームを添えた本場のザッハトルテを、格式ある内装のカフェで味わう時間は、ウィーンでしか味わえない特別な体験のはずです。
「時間があったら、あのカフェでゆっくりザッハトルテを味わえたのになぁ……」――お土産の箱を手にブティックを後にしながら、心の中で少し名残惜しく感じました。自由時間の残りはわずか、集合場所へも急がなくてはなりません。カフェの入口の前を通り過ぎながら、いつかまたウィーンに来る日には、必ずここのカフェで一杯のメランジェとザッハトルテを楽しもう――そう心に誓ったのを、今でもよく覚えています。
日本に持ち帰って味わったザッハトルテ
帰国後、大切に日本に持ち帰ったザッハー・ヴュルフェルは、旅の余韻を味わいながらゆっくりといただきました。しっとりとしたチョコレート生地に、杏ジャムの酸味が絶妙なアクセント。「本場のザッハトルテって、こういう味だったんだ」と、ウィーンの空気を舌の上で思い出すような、忘れられない一口でした。
旅の途中で楽しむ食事も素敵ですが、こうして日本に持ち帰って、ゆっくりと味わうお土産もまた格別。ザッハー・ヴュルフェルは、私にとって中欧4カ国ツアーの忘れがたい思い出のひとつになりました。
Zum Kellergwölbで本場のウィーナー・シュニッツェル
自由時間を終えて集合場所に戻り、みんな揃ってバスに乗り込んだ後は、少し遅めの昼食タイム。案内されたのはZum Kellergwölb(ツム・ケラーグヴェルプ)というレストランでした。名前の「Kellergwölb」は、ドイツ語で「地下室のアーチ天井」といった意味。名前の通り、レンガや石造りのアーチ天井が特徴的な、落ち着いた雰囲気のお店です。
まずは細麺入りのコンソメスープから

最初に運ばれてきたのは、澄み切ったコンソメの中に細麺が浮かぶスープ。表面には青葱のような刻みハーブが散らされていて、見た目からしてやさしそう。ひと口すすると、しっかりと出汁の効いた、透き通るような旨味が身体にじんわり染みわたっていきます。
これはオーストリアの伝統的な家庭料理「フリッタテンスッペ」(Frittatensuppe)や「ヌーデルスッペ」(Nudelsuppe)に近い、いわゆるヌードル入りのブロス。日本人の口にも合う、優しい味わいのスープでした。「ヨーロッパのフルコースって、こういう軽やかなスープから始まるのが素敵だな」と感じ入りました。
本場のウィーナー・シュニッツェル、ついに登場

そしてメインディッシュは、ウィーンといえばこれ、というオーストリアの国民食ウィーナー・シュニッツェル(Wiener Schnitzel)。皿からはみ出しそうなほど大きな、こんがりときつね色に揚がった仔牛肉のカツレツです。付け合わせは、ハーブが香るウィーン風のポテトサラダ(Erdäpfelsalat)と、レモンを添えた生野菜のサラダ。見た目からして本場感たっぷりです。
ウィーナー・シュニッツェルは、薄く伸ばした仔牛肉にパン粉をつけて揚げた料理で、日本のトンカツの原型とも言われている一皿。ひと口かじると、外はパリッと軽やかな衣、中はしっとりジューシーな肉。レモンをぎゅっと絞って食べると、爽やかな酸味が加わって、また違った美味しさになります。
「これがウィーンの本場のシュニッツェルなんだ!」と、感激しながらぺろりと平らげてしまいました。付け合わせのポテトサラダも、第3話でお伝えした通りウィーン風のさっぱりとした味付けで、シュニッツェルの脂っこさをちょうどよく中和してくれます。日本人にとっても親しみやすい、幸せな組み合わせでした。
デザートは、まさかのザッハトルテ風チョコレートケーキ

そしてデザートで運ばれてきたのは、なんとザッハトルテを思わせるチョコレートケーキ! つい先ほどホテル・ザッハーでザッハー・ヴュルフェルを購入してきたばかりだった私にとって、ここでも同じような一皿と出会えるとは、なんとも嬉しいサプライズです。
もちろん、本家ホテル・ザッハーのオリジナルとは違いますが、しっとりとしたチョコレート生地に、ホイップクリームを添えた組み合わせは、いかにも「ウィーンのデザート」らしい風情。「1日にザッハトルテ2回、しかも本場ウィーンで」――なんとも贅沢な体験に、思わず口元がほころびました。
コンソメスープ、ウィーナー・シュニッツェル、ザッハトルテ風デザート――これぞオーストリアの王道、というべき3コースを満喫し、ゆっくりと午後を過ごした昼食のひとときでした。
まとめ|ウィーンは、もう一度ゆっくり訪れたい街
2017年5月28日(日)、朝7時45分の出発から始まったウィーン観光。シェーンブルン宮殿の壮麗さ、ベルグルの間の熱帯壁画、ベルヴェデーレ宮殿の白亜のファサード、ケルントナー通りの華やぎ、シュテファン寺院の荘厳さ、ホテル・ザッハーで手にしたザッハー・ヴュルフェル、そしてZum Kellergwölbで味わった本場のウィーナー・シュニッツェル――たった半日で、これほどまでにウィーンの魅力を凝縮した体験ができるなんて、ツアー旅行だからこその贅沢な1日でした。
特に、通常は入れないベルグルの間へ足を踏み入れられたことは、マリア・テレジア生誕300周年のアニバーサリーイヤーに旅立った甲斐があった、本当に忘れられない経験になりました。
それと同時に、心の中には「次はもっとゆっくり訪れたい」という気持ちも大きく芽生えました。シェーンブルンの庭園をもっと奥まで、ベルヴェデーレの中でクリムトの「接吻」を、そしてカフェ・ザッハーの席で本場のザッハトルテとメランジェを――やり残したことを数え上げると、ウィーンには「次回の口実」がたくさん残されています。ウィーンは、もう一度ゆっくり訪れたい街――そんな確かな思いを胸に、私はこの街を後にすることになりました。
次回の第5話「3日目夜〜4日目朝|世界遺産チェスキークルムロフに泊まる」では、ウィーンを離れて、いよいよチェコへ。中欧屈指の美しい世界遺産の街、チェスキークルムロフで一夜を過ごした特別な体験をお届けします。中世の面影がそのまま残る、絵本のような街並みをぜひお楽しみに。
中欧4カ国周遊ツアー シリーズ全7話
本シリーズは、2017年5月にJTB旅物語で参加した「中欧4カ国周遊6日間」ツアーの記録です。準備編から最終話まで、ぜひ続けてお楽しみください。


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