前回の記事では、ピサとフィレンツェでの体験をお話ししました。フィレンツェで念願のラファエロ「小椅子の聖母」に会えた興奮が冷めやらぬまま、4日目はイタリア最後の観光地ベネチアへ向かいます。水の都と呼ばれるこの街で、私はまたしても「自分の足で行きたい場所へ向かう」冒険をすることになりました。
カレンツァーノからベネチアへ、約246kmのバス移動
4日目の朝、カレンツァーノのホテルを出発。この日はイタリア観光の最終日です。目的地のベネチアまでは約246kmの長距離移動で、バスでの移動時間も長めでした。
バスの中で添乗員さんから「ベネチアは車が一切入れない街なので、バスを降りたら自分の足で歩くか、船で移動するかのどちらかです」という説明がありました。それを聞いた瞬間、「水の上に浮かぶ街って、一体どんな場所なんだろう」と、期待が膨らんでいきました。
ベネチア到着|車のない街に足を踏み入れた瞬間
バスを降りて、船でベネチア本島へ渡ります。そして島に足を踏み入れた瞬間——その光景は、想像をはるかに超えていました。
運河と橋が織りなす街並みの美しさ。

道路がない代わりに、大小さまざまな運河が街の中を縫うように走っています。その運河をまたぐ無数の橋。橋の上から見下ろすと、水面にカラフルな建物の影が映り込んでいて、現実とは思えないような幻想的な景色が広がっていました。
車の音がしない街というのは、それだけで不思議な体験です。聞こえてくるのは水の流れる音、船のエンジン音、観光客の話し声、そして時折響く教会の鐘の音。街全体が生きた芸術品のようで、歩いているだけで心が洗われるような気持ちになりました。
ベネチアの街並みは、ローマやフィレンツェとはまったく違う美しさを持っています。ローマは「壮大な歴史の重み」、フィレンツェは「ルネサンスの知的な美」、そしてベネチアは「水と光が織りなす幻想的な美」——同じイタリアでも、都市ごとにこれほど個性が違うのかと驚かされました。
水の都で味わう海鮮ランチ
ベネチアに到着して最初のお楽しみは、昼食でした。水の都だけあって、この日のメニューは海鮮づくしです。
前菜はイカ墨パスタ。お皿に盛られた真っ黒なパスタを見た瞬間、思わず「おお……!」と声が出てしまいました。見た目のインパクトはすごいですが、ひと口食べるとイカ墨の濃厚な旨みがパスタに絡んで、本当に美味しい。ベネチアの名物料理だけあって、日本で食べるイカ墨パスタとは深みがまったく違いました。

メインはフリットミスト(シーフードのフライ盛り合わせ)。イカやエビなどの魚介類がカラッと揚がっていて、レモンをきゅっと搾っていただきます。サクサクの衣と新鮮な魚介の組み合わせは、海に囲まれたベネチアならではの味わいです。添えられたサラダもさっぱりしていて、揚げ物との相性が抜群でした。

デザートはジェラート。ガラスの小さな器に入ったバニラのジェラートは、濃厚でクリーミー。食後のお口直しにぴったりの一品でした。

3日目のピサで食べたラザニアのコースといい、この日のベネチアの海鮮ランチといい、イタリアの食事はどこで食べても本当に美味しい。ツアーの食事だからと侮れないクオリティで、毎食が楽しみでした。
サン・マルコ広場&サン・マルコ寺院

ベネチア観光の中心地、サン・マルコ広場に到着しました。「世界一美しい広場」とも称されるこの広場は、三方を回廊に囲まれた壮大な空間です。

そして広場の正面に建つのがサン・マルコ寺院。ビザンチン様式の独特な外観で、金色のモザイク画が施されたファサード(正面の壁面)は、太陽の光を受けて輝いていました。内部に入ると、天井や壁一面を覆う黄金のモザイク画に圧倒されます。ローマやフィレンツェの教会とはまた違った、東方文化の影響を感じさせる荘厳な空間でした。
ベネチアングラス工房の実演

ツアーの行程に含まれていたベネチアングラス工房の見学も、とても興味深い体験でした。
職人さんが目の前で、真っ赤に溶けたガラスをくるくると回しながら、あっという間に美しい花瓶や動物の形に仕上げていきます。その手さばきの鮮やかさに見入ってしまいました。何百年も受け継がれてきた伝統の技が、こうして今も生きているんだと感じられる瞬間です。
工房に併設されたショップにはカラフルなベネチアングラスの製品が並んでいて、お土産選びに目移りしました。繊細で美しいグラスや置物たちは、見ているだけでも楽しい時間でした。
ゴンドラ遊覧|運河から眺める特別な景色

午後は、楽しみにしていたゴンドラ遊覧のオプションに参加しました。
ゴンドラはベネチアを象徴する細長い手漕ぎの船で、ゴンドリエーレ(船頭さん)が一本のオールで巧みに操りながら、狭い運河をすいすいと進んでいきます。
乗り込んでみると、水面がとても近い。手を伸ばせば水に触れられそうな距離です。そしてゴンドラから見上げる街並みは、歩いている時とはまったく違う景色でした。
橋の下をくぐるたびに新しい風景が広がり、運河沿いの古い建物の壁がすぐそばに迫ってくる。窓辺に干された洗濯物や、建物の壁面に這うツタ、水面に映り込む色とりどりの建物——観光客用の景色ではない、ベネチアの人々の暮らしが垣間見えるような瞬間がいくつもありました。

歩いて見るベネチアも美しいですが、ゴンドラから見るベネチアは格別です。水面の高さから見上げる建物は不思議な迫力があり、水の上に街が浮かんでいるという現実が、体感として伝わってきます。
ゴンドラ遊覧は約1時間の体験でしたが、ベネチアに来たなら絶対に乗るべきだと思いました。少し値は張りますが、それだけの価値がある特別な体験です。
紙の地図を頼りに、アカデミア美術館へ
ゴンドラ遊覧が終わったあと、自由行動の時間がやってきました。そして私には、ベネチアでもどうしても行きたい場所がありました。
アカデミア美術館——ベネチア派の絵画コレクションで知られる美術館です。フィレンツェのピッティ宮殿に続いて、またしても私は「ツアーの行程にない場所」へ、一人で向かうことにしたのです。
入り組んだ路地を、紙の地図で攻略
ただし、ベネチアの街を一人で歩くのは、フィレンツェ以上にハードルが高いものでした。なぜなら、ベネチアの道はとにかく入り組んでいるのです。
運河が縦横に走り、小さな橋が複雑に繋がり、路地は曲がりくねって、突然行き止まりになる。まるで迷路のような街で、方向感覚がすぐに狂ってしまいます。しかもアカデミア美術館は、サン・マルコ広場などの観光中心部から少し離れた場所にあります。
今だったらGoogleマップを使えば簡単にたどり着けるのでしょうが、2018年当時の私は紙の地図を頼りに歩きました。出発前にガイドブックの地図をコピーして持参していたのです。路地の角々で立ち止まっては地図を確認し、「こっちかな?」「あ、行き止まりだ、戻ろう」と試行錯誤しながらの道のりでした。

「一人でたどり着けるだろうか」という不安はありましたが、ベネチアの街並みがあまりに美しくて、迷っていること自体が楽しくも感じられました。どの路地を曲がっても運河が見えて、どの橋を渡っても絵になる景色が待っています。
ゆっくりと鑑賞できた美術館
紙の地図を何度も広げながら、なんとかアカデミア美術館にたどり着いたときは、本当に達成感がありました。
そしてありがたいことに、館内はあまり人がいませんでした。ウフィツィ美術館の混雑とは対照的な、静かで落ち着いた空間。ベネチア派の巨匠たちの作品を、じっくりと自分のペースで鑑賞することができました。
ティツィアーノ、ティントレット、ベリーニ——ベネチアの光と色彩が、キャンバスの上で今も息づいているように感じられます。ウフィツィ美術館がルネサンスの「知」を集めた美術館だとすれば、アカデミア美術館はベネチアの「光と色」を集めた美術館。同じイタリアでも、フィレンツェとベネチアでは絵画の雰囲気がこんなにも違うのかと、新鮮な驚きがありました。
橋の上で出会った、忘れられない景色
目的を達成して、集合場所のサン・マルコ広場へ向かう帰り道のことでした。
ある橋の上で足を止めた瞬間、目の前に広がった景色に思わず息を呑みました。

夕方の柔らかい光を受けて、運河がきらきらと金色に輝いている。その両側にカラフルな建物が並び、小さなボートが静かに水面を滑っていく——。
何の変哲もない風景なのかもしれません。観光名所でもなく、ガイドブックに載っている場所でもない。でも、その何気ない橋の上からの景色が、ベネチアで一番美しいと感じた風景でした。
こういう瞬間があるから、旅はやめられないのだと思います。計画していなかった場所で、思いがけず出会う絶景。それは、誰かのおすすめではなく、自分の足で歩いたからこそ見つけられた景色です。
サン・マルコ広場で、ツアーの仲間たちと最後の時間

集合時間にサン・マルコ広場に戻ると、ツアーの皆さんが次々と集まってきていました。
夕食のオプションはつけていなかったので、途中で買ったサンドイッチを頬張りながら、自然と会話が始まりました。
「ゴンドラ、よかったですよね」「私はガラス工房でこんなの買いました」「ベネチア、迷子になりませんでした?」——自由行動でどこへ行ったかの話で、みんな大盛り上がりです。
私が「アカデミア美術館に行ってきたんです、紙の地図で」と話すと、「えー!すごい!」「一人で行ったの?」と驚かれました。フィレンツェのピッティ宮殿の話もすると、「そういう楽しみ方もあるのね」と感心してくださる方もいて、なんだか嬉しくなりました。
この旅の最後の夜を、ツアーで一緒に旅した仲間たちと、サン・マルコ広場で笑い合いながら過ごせたこと。それは一人参加だった私にとって、とても温かい思い出です。
ツアーの良さは、効率よく名所を巡れることだけではありません。同じ旅を共有する仲間ができること——これが、一人参加のツアー旅行の大きな魅力なのだと、この夜改めて実感しました。
4日目を振り返って|自分の足で歩く喜び
ベネチアでの一日を振り返ると、最も心に残っているのは「自分の足で歩いて、自分だけの景色を見つけた」という体験です。
ゴンドラから見た運河の美しさも、サン・マルコ寺院の荘厳さも素晴らしかった。でも、紙の地図を握りしめて迷路のような路地を歩き、アカデミア美術館にたどり着いたときの達成感。そして帰り道の橋の上で出会った、ガイドブックのどこにも載っていない夕暮れの運河の美しさ。
これらの体験は、ツアーのスケジュールどおりに動いているだけでは得られなかったものです。
フィレンツェのピッティ宮殿に続いて、ベネチアのアカデミア美術館——この旅で2回、私は「自分の行きたい場所に自分の足で行く」という小さな冒険をしました。どちらもドキドキの連続でしたが、行ってよかったと心から思っています。
ツアー旅行だから自由がない、なんてことはありません。
添乗員さんに相談すること。事前に行きたい場所を調べておくこと。紙の地図でもGoogleマップでも、自分なりの準備をしておくこと。そうすれば、ツアーの中でも自分だけの冒険は必ずできます。
明日はいよいよ帰国の日。5日目〜6日目の帰路と、このイタリア旅行全体を振り返るまとめ記事をお届けします。お楽しみに!


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